〔墓地の権利帰属〕上知令の問題

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上知令と墓地

墓そのものは日本においても古代から存在する葬送です。

人は必ず亡くなるわけですからその亡骸の取り扱いをどうするかというのはどの時代も重要な問題だったはずです。

ただ具体的に墓地の統制をとり、ある程度全国一律のものとして行政が取り締まりをするようになったのは比較的最近のことではないでしょうか。

今回、中外日報さんから興味深い記事を見つけました。

⑴布告・達の時代の墓地行政わが国では、幕末から明治初期の時点においても個人墓地、同族墓地、集落墓地、寺院墓地などの様々な形態の墓地が各地に存在していたが、これらの墓地には、近代法的な意味での「私有」という考え方が極めて希…

幕末から戦前戦後に亘る墓地に関する規制について非常に分かりやすくまとめられています。

そこで印象的なのは国の方針に翻弄された寺院の存在です。その中に社寺領上知令があります。

社寺領上知(地)令

この布告は、諸大名が明治政府に版籍奉還を行ったことに伴い、社寺領のうち「現在の境内地」を除いて上知するというものであった。ここで問題となったのが寺院の境内墓地である。実際の上知処分は各地方の担当者に委ねられたため、「境内地」の解釈が異なり、寺院に隣接する墓地であっても官有地とされた例が数多く見られた。(記事抜粋)

墓地というのは境内地なのか否か。

という解釈の違いによって担当者による扱いに苦慮したものと思われます。

今でこそ墓地となる土地は宗教法人が自己所有する必要があり、宗教法人が運営するものという考え方が強くなってきましたが、この時代は行政が墓地を準備するもの、個人で運営するもの、自治会等の任意の団体で運営するものというバラバラな解釈で統一されたものはありませんでした。

その中で一部の寺院では檀家総代や有力者の力によって上知を逃れた例がありました。しかし、そうではない多くの寺院は境内地と担当者が解釈しなかった土地は返上することになります。


その名残は今でもある

寺院名義の土地にしておくと当時は差し支えたようで墓地とされる不動産の登記簿謄本を取得すると「共有地」や「共有墓地」のように所有者が明確にならない墓地が多く存在します。

本来、個人名義の土地には墓地が設置できませんが昔の名残か個人名義のものが多数存在しています。個人名義というのは昔の住職であったり総代の氏名になります。

そして寺院が返上したものの中には地方公共団体所有で、個人名義で墓地の許認可が取得されているものもあります。

実は上知令の問題は厳密にいうとまだ解決はしていません。

「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律」(昭和22年4月12日法律第53号)が施行され、これによって一応の解決が図られたが、地方公共団体が有する墓地の譲渡は十分に行われず、後に裁判にまで発展する墓地もあった。(記事抜粋)

元々寺院であったものが地方公共団体のものになり、処分に関する法律ができたにも関わらずまだ譲渡が十分ではないということです。

この問題は今では風化している部分はありますが個人墓地や村落共同墓地を調査すれば本来所有すべき宗教法人に譲渡すべきものも出てくると考えられます。

国は権利者不明の土地の解決を

先ほど述べたように、日本にはまだまだこの社寺領上知令の後遺症を持った墓地が残っていて本来の権利者が誰なのかはっきりしない土地が多く残っています。

このような土地の帰属をはっきりさせるべく国は解決のための施策を将来考えるべきです。宗教法人に帰属させるべきものは帰属させ、調査しても不明確なものは自治体や国庫に帰属させるなど墓地として使用されなくなった土地があれば別用途に使用する道筋を作ることも検討すべきしょう。

上知令が出るまで寺院が実質的に管理していた墓地を宗教法人に戻すことは日本国憲法の政教分離の原則という問題はありますが、歴史的に見れば大きな問題はないはずです。

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