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住民同意は必要?
墓地に限らず納骨堂や火葬場が近隣に計画されていると分かったら皆さんどのように感じますか?
お墓好きな私としては個人的に歓迎します。
近くに墓地ができればそこを利用する可能性が高いからです。
墓じまいが進んでいる昨今、墓参しにくい場所というのは敬遠されます。
そのようなニーズもありビル型納骨堂が市街地にできるという動きもあります。
しかし近隣に設置されるのが耐えられない、気持ちが悪いなどの感情を抱かれる方がいらっしゃることも事実です。
こればかりは、それぞれの価値観や宗教感情によるので良し悪しはありません。
むしろこのような多様性を受け入れるべき社会であるとも言えます。
ではこのような多様性がある中で墓地の設置をするにあたり、住民の同意は必要なのでしょうか。
反対が多い場合は設置が難しいのか考えていきます。
法的な根拠はないが条例等で求められる
結論から言うと住民同意は絶対的な条件ではありません。
墓地、埋葬等に関する法律10条には墓地の新設には都道府県知事の許可を受ける必要性が記されていますが具体的な要件は示されていません。
墓地、埋葬等に関する法律1条には
国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的とする。
という記述があるのみで国民の宗教的感情が何を指しているのか、何をもって感情が害されているのかを示すものはありません。
住民同意が必要とされる理由として各自治体で墓地設置の条件の一つとして住民同意を条例等の審査基準で定めていることが挙げられます。
条例等に定められていなくても行政内部で共有されている内規で運用されている場合もあります。
具体的には住民説明会や近隣住民の同意書取得です。
両方求める場合、片方のみの場合、稀に両方不要という自治体もあり様々です。
住民説明会
墓地の近隣住民を対象として墓地経営主体がどのような墓地を設置するのかや設置の理由、運営の方針などを説明会を開催するという方法があります。
住民説明会に出席できるのは設置する墓地から〇〇m以内の住民という括りや、○○町内という形で対象区域を特定します。
どのような経緯で設置されるのか、どのような影響があるのか知る権利を充足するという意味で説明会は貴重な機会になります。
説明会は1回のみと定めているところもあれば複数回、段階的な実施を求めるところまで様々です。
複数回開催することで、次第に合意形成が期待できる部分がありますが一方で平行線のままということもあり複数開催することが必ずしも有効ということではありません。
同意書の取得
これは直接的で最も行政側に証明しやすい方法です。
同意書の内容としては
「私、○○は貴寺が運営する〇〇墓地(〇○市○○町〇番地 面〇〇㎡)について隣接地(使用者or所有者)として設置することに同意します…」
といった文書に署名捺印をするものです。
以上の文言以外にも状況によって項目が追加されます。
この同意書が必要なのは墓地となる箇所の隣接地に土地を所有する方、居住されている方からになります。
土地の所有者、居住者以外にも墓地の設置によって直接的に影響を受けると思われる方がいればそのような方からも同意を得るような指導が行政からなされることがあります。
同意は絶対条件ではない
基本的に反対される方が多くても墓地や納骨堂の許可を取得することは可能です。
何故なら墓地の設置基準を満たしている場合は行政側も許可を出さざるを得ないからです。
墓地、埋葬等に関する法律で義務付けられていない以上、住民同意を許可要件にするほど強く扱えないというのが実際のところです。
ただ、ある程度合意形成ができてないないと後々、訴訟に発展する場合がありますし、行政側も墓地運営者と住民との間に挟まれるという事態になります。
因みに滋賀県の大津市で納骨堂設置が反対者が多く不許可となった事例がありました。
昨年ニュースで大きく取り上げられています。
乗念寺さんの件は近隣説明会で反対が噴出していたという情報があり、予め紛争が予定されていたように思います。
反対が多いことでこのような問題に発展することがあるというのは押さえておかなければなりません。
住民説明会後にすべきこと
住民同意は墓地設置の絶対的条件ではないということでしたが、住民説明会を開催した後にどのようなことをしなければならないか考えてみます。
まず、開催をしたら行政への報告書を作ることが条例で定められています。
以下ではある自治体の条例を挙げてみます。
ある自治体の条例を例に
以下のような説明会に関する条文がありますが、これは説明会を義務付けている自治体ではごくごく一般的なものです。
第〇○ 説明会の開催
1 申請予定者は,近隣住民に説明会を実施し、次に掲げる事項を記載した報告書を市長に提出しなければならない。
(1) 申請しようとする法人の名称,事務所所在地並びに代表者の氏名及び電話番号
(2) 墓地等の名称
(3) 墓地等の所在地
(4) 説明した日時,場所及び方法
(5) 説明者の氏名
(6) 説明の概要
(7) 近隣住民の意見等
2 前項の報告書には,次に掲げる書類を添付しなければならない。
(1) 説明会等で使用した資料
(2) 近隣住民等の名簿
(3) 説明を受けた者の名簿
(4) 墓地等の敷地及び隣接地等との関係を示す不動産登記法(平成16年法律第123号)による地図等
住民説明会を開催すると市長に報告しなければなりません。
ここで市長と出ていますが実際に市長に直接手渡しするということではなく、墓地を担当する部署の職員に渡すことになります。
説明会を開催したということを書類で証明するというのは結構大変な作業になるわけです。
近隣住民の意見
大変なものの1つとして、近隣住民の意見をまとめたものを提出することになります。
ここで重要なことは墓地経営をする予定の方の主観で、あれこれ脚色してはいけないということです。
住民が意見したことをそのまま書くということが重要です。
もし不要なものを付け加え、住民の意図と外れたことになると後々、住民から指摘を受けることがあります。
「そんな趣旨では言っていない」「都合よく解釈している」
など墓地経営者としての誠実さに黄色信号がともると、行政側の対応は厳しくなることがあります。
基本はボイスレコーダーなどで録音して文字起こしをすることです。
これは大変ですが後々、貴重な資料になります。
名簿の作成
近隣住民の名簿と説明を聞いた住民の名簿が必要になります。
「近隣」とはどの範囲を言うのかは自治体によって様々です。
一般的にこの名簿は、住所、氏名、連絡先を説明会に出席した方が受付で記入するか、予め参加意思を確認したときに聞き取ることになります。
これも個人情報になるので取り扱いは気を付ける必要があります。
難点なのは出席者が名簿の情報提供を拒否するケースです。
「自分は墓地の設置反対派で来たので名前は伏せたい」
「墓地の反対派はマイノリティになるので抵抗がある」
など、反対を表明され一部の方が拒否することがあります。
一方で反対が多数になることが予め分かっていれば提供するのかもしれません。
誰しも自分の情報を提供するということは勇気がいるものです。
報告書の内容によっては許可が取得できない場合も…
市長に提出した説明会報告書の内容が事実に沿った内容であれば一定の反対があっても特段影響はないと考えていいでしょう。
何故なら墓地の許認可権は市長に広範な裁量が認められているからです。
しかし、報告書で明らかに意図的な印象操作をしたり、出席者の意見で設置基準に満たないことが指摘されている場合などは心象が悪くなり、より突っ込んだ審査になったり、最悪はしばらく保留状態が続くかもしれません。
大半の住民が反対しているという状況であれば、申請を受理しない事態もあります。
このような場合は、時間がかかっても住民に向き合う姿勢を見せる必要があるでしょう。
墓地経営許可申請が不許可処分になった事例

画像は抜粋記事より「墓地計画予定地」
今回は神奈川県の地域情報誌「タウンニュース」から海老名市で墓地経営許可申請が不許可処分を下されたというニュースを取りあげます。
位置的には神奈川県の真ん中にあり、東京や横浜からのアクセスも良好。
人口も年々増加傾向(約13万人)のようです。
このような人口増加傾向のある市で霊園の新設計画というのは、住民の反発が予想されるところです。
人口増加があるということは墓地需要が高まると同時に、墓地を嫌悪する住民も同時に増えるということで当然計画の立てにくさはあるはずです。
不許可処分までにどのような経緯があったのかを確認していきます。
住民からの反対と協議
まず、宗教法人と霊園計画の近隣住民との協議があったのですが昨年2月の記事では協議から約1年経過とされているので、2015年より以前から計画はあったものと見られます。
計画看板が立てられた予定地では、道路を挟んだ向かい側に「墓地計画反対」ののぼり旗が掲げられている
大谷南に建設が予定されている霊園を巡り、施工元の宗教法人と近隣住民との間での協議が、開始から約1年経った今も平行線をたどっている。条例に則り開発を進める法人側と、住環境...
このことから、近隣住民からは強い反対を受けていることが分かります。
一方で、宗教法人側のコメントとしては住民と継続協議したいという意向でした。
宗教法人の代表役員は、取材に対し「建設に関して強引に進めるつもりは、全くありません。墓地が近くに欲しいという声もありますので、今後もしっかり協議していきたい」
計画当初は反対が強くても協議を続ける中で双方理解しあうことができ、計画は変更して折り合いがつくというケースも考えられるのですが最終的にうまくいかなかったようです。
それにしても、「墓地が近くに欲しいという声がある」ということで墓地を設置するのは動機として弱い気がします。
墓地需要があるのはいくつかある要素の一つでしかなく、本来的には布教活動の一環として墓地が必要という考え方と、檀信徒が求めているなどより強い動機が求められるはずです。
伝家の宝刀 条例改正

画像は海老名市議会facebookページより「海老名市議会」
そこで、ほぼ決定的な対応が海老名市議会でなされ墓地の設置に関する条例改正が行われました。
そして、このことも「タウンニュース」で取り上げられていました。
何故、市議会が動いたかというと…
今年2月には市議会に中止を求める陳情書を提出し、賛成多数で了承を得ていた。(タウンニュース記事抜粋)
墓地計画中止の陳情を行っていたことから条例改正により事実上、不許可となる対応となったものと見られます。
これまでは、墓地と納骨堂の設置は学校・病院・診療所・児童福祉施設・介護老人保健施設・老人福祉施設及び障害者支援施設から110mの距離が必要と定められていた。
改正後はこれらに「現に居住している人家から50m距離を離す」ことが追加された。近隣の綾瀬市や厚木市でも同様の距離が条例で明記されている。
市担当課は「周辺環境と調和を図るために一定の距離が必要と判断し、条例改正に至った」と話している。
この50mという基準ですが実は決して厳しいものではありません。
実際に人家から100mという2倍の基準を設けている都市もあります。
近隣の綾瀬市や厚木市でも同様の距離規制が置かれていることからこの条例変更は適切なものと言えるでしょう。
しかし、特定の申請を不許可にするために条例を変更するというのは相当な反対だったというのは想像できそうです。
霊園規模のこと
霊園の規模は「約9700平方メートルの土地に、2248基の墓地区画と管理棟、駐車場整備を予定(記事より)」で1ha近い広さとなっています。
霊園開発を行う際に、特に市街化調整区域(平たく言えば建築が禁止されている場所)では1haを敢えて超えないように計画することが多いようです。
これは1haを超えると第2種特定工作物として霊園であっても建物の建築と同様に開発許可が必要だからです。
国土交通省のHPより
2. 開発行為の定義
開発行為とは、主として、(1) 建築物の建築、(2)第1種特定工作物(コンクリートプラント等)の建設、(3)第2種特定工作物(ゴルフコース、1ha以上の墓園等)の建設を目的とし た「土地の区画形質の変更」をいいます。
開発許可を取得するとなると時間と手間がかなりかかります。
最終的には海老名市の開発審査会にかけられて許可されるかの判断になりますが、住民の反発があれば、審査会にかからないか、かけても不許可になるのは目に見えています。
「手続きさえとれば全てよし」という考え方ではよくないということです。
不許可理由と宗教法人側の対応
この不許可について、結果としては良かったのか悪かったのかはまだ判断ができません。
しかし、不許可事由の説明としては隙がないというのが第一印象です。
市は【1】住宅からの50m規制に抵触【2】計画用地を全て所有していない【3】都市計画法、農地法の許可の見込みが確認できない【4】資金計画や利用者保護の面などで許可に相当しない、との事由をもとに不許可とした。(タウンニュース記事抜粋)
住民との協議不調を不許可の理由として挙げなかったのは個人的に適切だと考えます。
以下の記事でも書いていますが、住民同意に重点を置くと市長の裁量権逸脱を指摘される恐れがあるからです。
条例や施行規則のルールに明確な不一致があるというところを指摘するのが王道です。
この不許可処分を受けて、宗教法人側がとれる選択肢は3つあります。
1つ目は海老名市に対して審査請求を行う
2つ目は裁判所に不許可処分の取消訴訟を提起する
3つ目は霊園計画の撤回です
3年間という長期間の協議の末、不許可ということでなかなか諦めがつかないところとは思われますが、条例が改正された以上、基準に明確な不適合が一つだけでなく複数ある以上は、墓地経営許可の取得は相当難しいと予想しています。
住民同意が取れないことで最終的に議会が動く事態というのは必ず避けなければならないところで、時間をかけてでも合意形成に向けて地道に説明をしていくべきというのが分かる事例でした。